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序、 世の変わり目

いまや、近代文明は、見られ聞かれ触れられる現実領域を著しく開発し得たが、内は道徳の頽廃から外は環境の汚染にいたる多種多様の崩壊の兆しが広がってきた。

ことに科学が、それら事物をあらしめてやまない生命の無尽蔵の内奥領域を無視したからである。それは「神」だ、または「宇宙エネルギー」だ、と観念し得ても、それをまともに直覚し、体験し、たしかに会得されなければ、自らの身も心も充分に機能され得ない。

ここに、事物への執着を払拭し、かつ、根源への透徹に奉仕する、すなわち、大和言葉の「みそぎ」と「まつり」の行(ぎょう)が人間生活に貫かれるべきである。この厳粛にして奥床しい境地に導く手段として、古来秘められた伝統をもつ磐笛(いわぶえ)の吹奏が挙げられうる。

一、 磐笛の存在

この地上に存在する万物のうち、とくに、磐(岩石)は「堅深の気あり」、と古典は告(つ)げる。

かくて、昔から、芸術の対象として盛んに描かれ又は組み立てられ、その名作が特に東洋諸国に多く保存されてある。また、太古(旧石器時代)には、祭祀の媒体として、山上または山腹に鎮まる巨巌が多く「ひもろぎ」(神霊の拠所)とされ、現代も日本の各地域に奉賛される神社の根源をなし、今も多くその「奥宮」として崇敬される。

一般に、岩石に適当な深い穴があれば、その入口から「堅深の気」を吹き鳴らしうる。すでに、先史の縄文文化時代に遺された器物のうち、穴のあいた拳大(こぶしだい)の岩石が多く発見された。その穴は、自然にできたものの外に、人工で開けたと観られざるを得ないものも多く、それぞれ吹けば高音がでる笛であった。

また、現存する神社の宝物のうち、古色蒼然たる磐笛を見出すことも少なくない。けだし、神霊降臨の斎場に鳴らされたのであろう。もっとも、それは、鎮魂帰神の作法に必要な用具たるべしとする学者(本田親徳)の論説発表は、おそく前世紀末(明治期)であった。


二、 磐笛の扱ひ

ひろく、磐笛の扱い方に、既成の規則はない。それが活石(いきいし)であり、且つ、その穴が適切な広さと深さであれば、各自の笛吹く態度の工夫により、ついに高音に鳴り響き、さらに、一連の音楽ともなる。

その堅深な音響の波動は、よく環境の雰囲気を浄化し、さらに、その功徳は、限り無く多方面にわたり得る。しかし、そのためには、それは神聖な場所で育成された岩石であるべきである。それは、無生物とされるが、舜時もやまず天地の化育に参じていることを、近代科学を容超して、洞察されたきものである。


三、磐笛の原石

かくて、磐笛(いわぶえ)の原石は、一般に神聖なる活石であるべきである。ここに、古代貴人の首飾りとされた翡翠(ひすい)の勾玉(まがたま)の唯一の原産地である糸魚川(いといがわ)(新潟県)において、特に採取して謹製したものがそれぞれ提供されている。

平成17年(西暦2005年)吉日

中西天珠
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太古の岩笛の里 伝統禊ぎ道場・川面流旭会 電話:0494-25-4111 〒368-0055 埼玉県秩父市田村1780-5