神道宗教学会創立三十周年記念号(昭和51年12月15日刊)より
序.神ながら
およそ、ものごとは、あるべきやうにあらしめられるべきである。すなはち、神ながら(惟神、神随)であることが、おのづから求められる。それは、もっとも当りまへ(当然)のことであるが、ことに人の世は、ことあげ(執着)がしげく、それに片寄って、行詰ってしまふことが、少なくない。それを、当りまへに直さむとして、ことあげすることも、また、止むにやまれぬ生き方とされよう。
換言すれば、大自然の生々化育の働きは、必ずしも単調平板ではなく、その無尽蔵の動きは、まがり、ゆがみ、ひずみも介入すべく、それに対して、なほし、ただし、みたす動きも、即応してやまざるべきである。とくに、人間が人間たるべく、かつ、日本人は日本人たるべきであるが、その本来の面目は、必ずしも十分に発揮されない。とりわけ、現代は、神ながらなる道が、形骸は残しながらも、その活気を消滅しかけてゐる。その原因を究めて、その蘇生ないし充実をはかることこそ、現下喫緊の要務とされよう。
1.現在の偏向
古来、「万物流転」とも「諸行無常」ともいはれる。ことに、人類社会の著しい変遷は、すでに数多く指摘されてきた。例へば、今日の庶民の日常生活は、物質的には、平安朝の貴族のそれをも、はるかに凌駕することが、解説される。しかも、幸福といひ、平和といふ、それは心の持ち方の問題であるが、その領域は眼に見えざれども、甚だしく多彩な相違に気付かれうる。時代のモットーである「もののあはれ」と「民主主義」の観念一つを対比しても、その懸隔が容易に推察されうる。
とくに、戦後の日本において、従来の伝統は、ほとんど全般的に、教育上無視され、さらに、 蹂躪されるに任されてきた。戦前までの「義理と人情」のすべてが、戦後のインテリたちから、却って嘲笑すらうけつつある。親子、夫婦、主従、長幼、朋友の「五常」すらも、然り。一般に、人と人とのつながりが、人と自然とのそれと共に、逐次に又は急速に冷却されつつある。そこに、個人主義の徹底化がみられる。それは、現実に知覚される領域にのみ、関心が向けられるからである。すなはち、視られ聴かれ嗅がれ味はれ触れられる事物は、すべて、断片的な一時的な存在にすぎないが、それのみを実在とするからである。
しかし、この狭く浅い経験主義的な見方および考え方は、戦前も、明治の「文明開化」以降から、ことに科学教育を通じて、び漫してきてゐた。それゆえ、敗戦直後の数々の「非日本化政策」の実施を、その占領がとけた後も、それを放置して、排除する与論とはならなかった。さらに、この孤独な個人主義的傾向は、わが国に限らず、欧米の「先進国」の社会の趨勢でもある。むしろ、その影響を、日本はつよく受けた。すなはち、「近代化」されたのである。ここに、近代文化の本質が、諦視されるべきである。いまや、その全面的な行詰りの克服が、多くの憂世の識者たちから待望される。
中世から近代への転換は、西ヨーロッパにおけるルネサンスに、もっとも鮮かに指摘されうる。ながく「涙の谷」(穢土)と教えられた現実領域について、新たな讃美と開発が目立つ。「世界の発見」、ことに、「人間の発見」と誇られた。たしかに、新大陸の発見、新技術の発明、さらに、「科学」の発達と「産業革命」による生活物資の豊潤、その文明建設の功績は大きかった。しかも、その賞せられるべき身心の努力と共に、その生命の根源への軽視およびそれの委縮が随伴してきたのであった。
その近代化の核心は、ヒューマニズム(人本主義)にある。それは、人間の自由と平等が強調され、各自の個性の発揮に寄与したことは、評価されるべきである。しかし、従来の神あっての人および万物といふ見方から、人あっての自然および神といふ態度への移行に、注意されるべきである。「近代神学」は、神を「人間願望の化身」とか「社会意欲の象徴」とか、観念の所産として、しかも、その恩恵に恥づることなく、敬虔さを喪失してきたのである。
したがって、その社会生活は、各人の個体の欲望充足が基調となる。よって「各人は各人にとって狼」・「万人の万人に対する戦ひ」に対する法規はますます緻密化される。かくして、資本主義の発達は、自由を求めて平等が圧迫され、これに対し、社会主義、ことに共産主義の抬頭は、平等を望んで自由が犠牲にされる。この「近代のジレンマ」も、現実領域への執着からの当然の帰結である。さらに、個体の食欲と性欲などの享楽には細微をきはめるが、すでに神聖さを冒とくする実感は麻痺ないし減退してゐる。ことに、道義の権威を認めなくなった青少年たちが、平然と、ゲバ棒を振ひ、マリファナを飲み、ヒッピーに群れる、等々の無責任な行動にもはしる。そこには、もはや不滅の頼りどころが、まったく無いのである。かくて、いはゆる繁栄のうちに、欲求不満は増すばかりで、放縦、暴走、頽廃、また、狂乱が拡がってきた。そのままでは、「文明の没落」ないし「日本沈没」は、天変地異がなくとも、必至であると、危懼せしめられる。
2.偏向の是正
いまや、近代文化の行詰りは、全般にわたり、その極限に到達しかけてゐる。その危懼の克服を、欧米の識者たちも数多く主張してゐる。それは、もはや中世紀へ逆もどりをすることではない。すでに開発された現実領域は、放棄されるべきではない。しかも、その文明に馳使されず、これを駆使して更に余裕があるべきである。それには、その「根源」(ウルザッヘ)への覚醒から再出発されねばならない。最近わが国における「原点に帰えれ」の叫びにも反映される。
現実に視、聴き触れられる領域は、それぞれ限度がある。無限にありうる識域からすれば、それは余りに浅く狭く、零にも等しい。われら近代人の意識は、それにひたすらに志向されてきた。しかも、実生活には、無意識で行ふ分野がはるかに広く深い。この潜在意識の働きは、現実の心身の根源にある。その根源への掘下げが、実存主義等の哲学やシュールレアリズ等の芸術として展開され始めた。ただ、その真摯な努力にもかかはらず、その新興作品は多種多様で、同じ方向の他の作者または愛好者たちからも十分に共鳴されない。それはまだ各自の潜在意識下の共通基盤までは掘下げられないためであらう。長年にわたり、現実の知覚の錬磨に尽瘁してきた近代インテリたちにとり、それはすでに至難の業とされるのであらう。
われら日本人は、近代文化の摂取にも、きはめて熱心であった。その文明の利器は迅速に吸収され、欧米の列強に比肩し得た。その間、従来の伝統は無視され、ことに敗戦後は蔑視された。その弊害の数々に堪へぬく苦悩はつのるばかりである。しかし、ことに外国人の眼からみれば、日本人は自らの伝統をつよく保持してゐる「日本教徒」とすら映る。それは、潜在意識において、いまだに豊饒に働くからである。
敗戦日本がたちまち「経済大国」となった。この「二十世紀の奇蹟」の原因は何か。米・英・仏等の調査団が何回もわが国の企業を歴訪した。その生産技術は、欧米の発明を買ひ又は盗んだもので、その管理技術も、米国などの模倣以下であった。しかも、質が良くて値の安い製品の産出、それは、近代合理化を超えた伝統にあることに気付かれてきた。一昨夏、ニューヨークの全国向けテレビは、「ジャパン」を毎夕一週間つづけて放映した。土曜日夜もビルの一室で日本の商社マンが、当然のこととして執務してゐる、等々、己が家庭を離れ、事業と一体となり、飽くなき勤労、等の態度は、「労働は苦痛」・「己れは己れ」の合理化な見方からすれば、驚くべき異常さとうつるやうである。
もっとも、自らの意識に上らず、さらに、それの価値を否定するところ、伝統の慣習も、意識としては即刻に、また、潜在意識においは逐次に、衰微されてゆく。「レジャーブーム」「マイホーム主義」ないし「赤化革命」などは、「働かざればお天道様に済まぬ」底の心構えを相当に破綻せしめてきた。さらに、働く意欲はあっても、その気力の源泉の委縮ないし枯渇化に、留意すべきである。長い年月、学生たちに接触してきて、その趨勢が体験されるのである。ことに、戦後、年齢層が若くなるにつれ、個人差も地方差もあるが、一般の平均として頑張りぬく根気が、逐次に薄弱化してきてゐると、訓練のあと回顧されるのである。現実の情報知識は豊富となり、功利打算の判断は早熟してきてゐるが、その身心の働きの統制力が尽きやすくては、重要な建設ないし化育は成就し得ないであらう。しかも、”たましひ”といふ言葉は、いまの若者たちには、死語として受けとられる程の状態になってゐるが、一たび、この不滅なるものに目覚めうれば、たちまち、不撓不屈の精進に堪えぬきうる。
人は、行詰って、途方にくれるとき、その根源に立かへらうとする。わが国の神話によれば、始祖イザナギ・イザナミ二柱のミコトから、然り。当初の「国産み」の失敗に対し、高天原にもどってフトマニにウラへた。さらに、オホクニヌシのミコトの国土経営がスクナヒコナのミコトに去られて低迷したとき、自らのミタマの奉戴によって、よく突破し得られた。されば、現代社会の深刻な行詰りの打開に、根源からの出直しが要請されるのも、当然である。しかも、それが中途半端であっては、かへって混乱を加へるだけとならう。
「身心脱落、脱落身心」と、禅の公案にもいふ。現実に働らく身心を超えれば、「虚」「無」「空」とされるが、超えられた現実の心身の働きが一そう円満に統制される。それだけ、その知情意の機能は充実し、その根気の源泉は無尽蔵となる。その清明な境地には、不滅の生命が天地を貫く。大和言葉のヒ(霊)の領域である。それは、現実に事物を生々化育してやまない。すなはち、ムスビ(産霊)の働きであり、この現世(うつしよ)は、その三次元的な写しにすぎない。その森羅万象、それぞれの形相は、タマ(魂)の反映である。しかも、まづ、各自は、自らに賜ひし霊(ひ)に目覚めるべきである。
近代の科学は、ものの本質(みたま)に、直接ふれることができない。その三次元的現象群をいかに蒐集しても、個は全とならない。自然科学は、仮設としての世界像を立てては之を改めてゆくが、不滅の世界観とはなり得ない。ことに、社会科学の結論の実施は、しばしば、人間社会の本質を阻害する。「科学的社会主義」の国における庶民の自由と平等の実感が痛ましく洩れてきた。ことに、明治以降、わが「古事記」などが、「科学的解釈」による学説により、いかに荒唐無稽化されたことか。もとより、科学は、排斥されるべきではなく、手段としてこれを大いに利用すべきではある。さらに、合理に反すべきではないが、哲学として、合理以上の本質諦視があるべきである。
ものの本質(みたま)にふれてゆくところ、「もののあはれ」は深まる。「あはれ」は、当時(平安朝)は、心にひびく感嘆を意味する。したがって、そのものを、心から愛し、また、そのものを活かしてやまざる気迫ともなる。その産霊(むすび)は、舜時もやまず働きかける。その響きは、ことばにも通ふ。われらが受け継ぐ大和言葉は、その本質をつくことに適することが容易に気付かれてくる。「言霊の幸ふ国」と語りつがれてきたことも、肯定される。ものの名(な)も、為す、成るを含み、その本質に即応される。それゆえ、「記・紀」等で神の御名を掲げるだけで、その働きをも了解すべきである。そのためには、それぞれの言葉の本質(ことだま)をも、心得おくべきである。この点において、平田篤胤翁の「五十音義訣」(古史本辞経)は、また、貴重なテキストとされよう。もっとも、その直後から、「言霊学」の著述が多種多様に発表された。それがまた、それぞれ深き洞察もみられるが、いづれも特定の性格をもつ一家言のやうに観察される。それは、将来とも、みたま(・・・)への覚醒の透徹によって、ひろく解決されるべきであらう。しからば、今後来るべき世紀の国際語は、人為のエスペラント語ではなく、神ながらなる大和言葉が推挙されて、然るべきものである。
すべて、古典を読むに、「今の眼」をもってせず、「古の眼」をもってせよ、とは、また、篤胤翁の訓戒である。古事記など、その当時の用語の一つ一つの内包と外延が近代のそれとは隔差がある。それゆえ、宣長翁も、鈴を振り振り、たまきよめに力められたとみられる。みたま(魂)をしづめるほど、その古代人の見方の深く広きに気付かしめられる。霊魂(みたま)についても、アラみたま、ニギみたま、サキみたま、クシみたまと、ことわりされるなど、その「眼」はづばぬけて深く気高い。しかるに、明治以降は、多くの学者たちが、近代眼のみにて解釈しようとしてきた。
われらの受け継ぐ伝統には、記・紀・万葉等の文献にかぎらず、各地の神社その他の祭祀をはじめ、言語、風俗習慣等のうちに、古代の叡知を限りなく窺ひうる。ことに、その中枢に、連綿たる皇統の護持がある。それらをあらしめた全体としての秩序の背後に、深遠、悠大かつ透明な神慮が仰がれて「み民われ」の感激はつきるものではない。なほ、明治以降も、伝統の行(ぎょう)に精進された学者たちの論説は、傾聴に値しよう。本田親徳、川面凡児、友清歓真たちの諸先輩の真摯な著述などは、戦後の学会からは無視されてゐるが、新たに参考にされる必要があらう。
歴史の流れは、変らうとしてゐる。これからの指導者たちは、根源なるみたま(・・・)の領域への識見が望まれよう。ことに、神主および神道学者たちは、幽世(かくりょ)の理解が必要とならう。近時、唯物的な見方による弊害に対し、科学にては説明のつかぬ異常現象がひん発する、よって、多種多様の新興宗教も抬頭する。その奇蹟から、霊界ないし神界が信仰される。しかも、その各教義は、自らを最高とし、相互に一致しない。もとより、幽世は限りなく広く深く、その教祖たちの感応する境地には、高下正邪、雲泥の相違もある。そのサニハ(審神)もまた心得られるべきである。それは、深遠、悠大かつ透明な産霊(むすび)の秩序を弁へる霊知(ひじり、聖者)のよくなし得るところである。
結.み魂(たま)ふり
天地は、生成発展してやまず、人類社会も、古代から現代にかけ、顕界はよく進歩してきた。草木は、根から芽生え、枝葉を延ばし、開花し、そして結実する。近代文化は、現実の先端にまで、よく開発をすすめてきた。いまや、その行詰りから、超克が求められてゐる。いはば、身心の「末葉へ」から、霊魂の「根幹へ」の転換、その動向も、また、当然にして、神ながらとされよう。
近代人が自らの生命の根源にふかく目覚めることは、容易ではない。難行苦行がまってゐる。また、不可能と断念する欧米人士もある。しかし、日本においては、まだ古来の伝統の行事が、意識的には微かながらも、潜在意識には相当豊富に、継承されてゐる。なかんづく、天(あま)つ霊継(ひつぎ)の高御座(たかみくら)は、宮中に厳存される。神宮をはじめ、各地の神社において、伝神の祭祀が厳修される。各自の家庭においても、崇祖の手振りはまだ一般に保存され、また、清浄を尊ぶ作法は多種多様に維持されてある。ミソギ・ハラへの国柄である。したがって、自ら奮起すれば、祖神の照鑑の下、清明の境地に到達することが、比較的容易である。
しからば、われらのミタマシヅメがすすむにつれ、近代の長い忘却から形骸化された聖なる伝統、すなはち、祖神垂示の教訓および行事は、当然の活気を蘇らせてゆくであらう。さらに、混乱し転落する世相の非常事態に対応して、その御裔(みすゑ)たちのミタマフリは、それを乗切る勘(かん)骨(こつ)肚(はら)を逐次に発動してゆきうるであらう。かくて、つひには、稜威(みいづ)ひろごり、「八紘(あめのした)をおほひて宇(いへ)と為さむ」、もって、「万世のために太平を開かむ」ものである。
(以上) |